「Waitlistを乗り越えてUCSDへ」— 原綾作さんインタビュー

【合格体験記】UC San Diego - Mathematics - 原 綾作 (DVC - Waitlistからの逆転合格)

始めに

みなさんこんにちは!

今回は、2025年春にDiablo Valley Collegeをを卒業した先輩にインタビューしました。
合格体験記の中でも異色の、補欠からの合格を獲得した「Waitlist体験記となっています。ぜひご覧ください!

プロフィール

原綾作さんのプロフィール写真

名前:原 綾作(はら りょうさく)

出身:宮崎県

経歴:2022年3月高校卒業 → NIC東京35期 → Diablo Valley College (DVC) → 2025年秋よりUC San Diegoへ編入

専攻:Mathematics (DVC) → Data Science (DVC) → Mathematics (UC San Diego)

留学までの道のり:宮崎からアメリカへの一歩

僕の故郷は宮崎県です。幼い頃から父の影響で野球を続けてきましたが、実は内心では野球が大嫌いで、高校までいやいや続けていました。高校での怪我が転機となり、勉強にシフトチェンジすることを決意しました。この時の決断が、アメリカ留学へと繋がる第一歩となりました。

アメリカ留学への情熱:家族の影響と決断

留学を志したきっかけは、僕の両親の影響が大きかったです。父は野球でアメリカ留学の経験があり、母は英語教師でオーストラリア滞在経験もあったため、幼い頃から「アメリカ」や海外留学という選択肢は自分にとって身近な存在でした。

英語は小さい頃からやらされていたという背景もあって、自然とアメリカ志向が強くなりました。高校卒業後、最初は防衛大学に進学したのですが、将来はアメリカでビジネスやデータ分野に挑戦したい」という強い想いがありました。防衛大学では野球部と似たような厳しく制約の多い環境で、自分のやりたいことが全然できないと感じ、入学式の直後に中退してしまいました。

その時、たまたまNICという海外大進学の教育機関が4月入学の最後の募集をしており、滑り込みで応募できることを知り、すぐにNICに入学しました。

費用と周囲の反応、そしてNICでの準備

突然の留学を決めた際、両親は費用面からあまり乗り気ではありませんでした。そのため、学生ローンと銀行からの融資を利用し、全て自分で費用を工面することを決意しました。借金を背負ってでも行きたいという強い覚悟があったからです。

また、同じ高校の友人がNICからUCLAなど名門大学に行けると話していたことも、留学への大きな動機づけになりました。NICでは1年間、英語だけでなく、海外大学でのエッセイの書き方やプレゼンテーションの仕方など学び、海外大学進学の準備をしました。英語に慣れる環境は良かったものの、学費の高さや日本人スタッフの対応、クラスメイトの雰囲気には不満を感じることも多く、直接コミカレに行けたらよかったなと思うくらいでした。

渡米後の生活:DVCでの学びと挑戦

DVC(Diablo Valley College)に入学してからの生活は、まさに挑戦の連続でした。学業、課外活動、そして日々の生活でしたが、全てが新鮮で、時に厳しいものでしたが、一つひとつの経験が自分を成長させてくれました。

データサイエンスへの転向と学業への情熱

入学当初から、UCバークレーやUCLAなどのカリフォルニア大学(UC)系列のトップ校への編入を目指していました。 DVC入学当初は数学専攻でしたが、シリコンバレーの環境と、友人から聞いたアメリカのComputer Science (情報工学)やData Science分野の可能性に感化され、最初の学期中にデータサイエンスへと専攻を変更しました。元々数学は得意だったので、その延長線上でコーディングも学ぶ必要性を感じたのです。履修登録は初学期からデータサイエンスの授業を取り、コミカレを2年間で終わらせてUC編入することを目指して計画的に進めました。

学業とモチベーション:B評価から学んだこと

2年間、本当に勉強漬けの日々でした。特にきつかったのは、夏学期の3週間集中で行われた線形代数の授業です。代講の先生が2週間担当し、順調に100点を取り続けていました。しかし、最後の週に元の教授が戻ってきて、テスト形式が全く変わってしまったんです。結果、まさかのB評価に。これがDVCでの唯一のBで、「絶対UCに落ちたわ」と本気で思うほど、精神的にかなり落ち込みました。GPA4.00を目指していた僕にとっては、本当に悔しい経験でした。

それでも、勉強のモチベーションを保つ原動力になったのは、強いコンプレックス思考と競争心です。負けず嫌いな性格と、「他人に負けるな」という家庭での教えもあり、周りが頑張っていると自分も負けじとさらに努力する。同期と比べても、一番勉強していたという自信があります。

履修登録のスクリーンショット(Fa2023-Fa2024)
履修登録のスクリーンショット(Sp2024-Sp2025)

取り組んだ課外活動は?

DVCでは学業だけでなく、課外活動にも積極的に取り組みました。以下が僕がコミカレ時代に経験した活動の一部で、特に力を入れていたことです。

  • JA (日本人学生会) のSocial VP (バイスプレジデント)JAの中で一番の花形だと思っています。BBQやゲーム大会など、僕たちは面白い企画をたくさん考えました。アカデミックな団体ではありますが、面白い企画ができるように、常に試行錯誤していました。
  • Buchi留学プログラムプログラムに参加し、その後は副代表を務めています。素人ながらもプロのように振る舞う環境が僕に合っていました。経営・法人部門をまとめたり、オープンワークやボスキャリのようなイベントを企画したりしています。
  • 越境ECのインターン (2023年11月〜2024年夏)データサイエンスの学びを実践したくて、越境ECプラットフォームを運営する企業でインターンをしました。データアナリストとして、日本の商品をインドネシアやマレーシアに送るためのデータ分析に携わりました。社員が少ない環境で、分析するものが少なかったり、回らない部分もありましたが、貴重な実務経験となりました。

生活面について教えてください

渡米後、最初の1学期はホームステイに滞在しました。悪くはありませんでしたが、「費用が高い割には特に良くしてもらったという感じではなく、ただ自由だった」という印象です。しかし、自分で資金を工面していたため、すぐになるべく節約したいと感じ、2学期目からは当時のルームメイトを説得してシェアアパートに移り、一人部屋ではなく、リビングに仕切りをつけて作った部屋で寝泊まりするという交渉で月400ドルという破格の家賃を勝ち取り生活していました。

奨学金は獲得できませんでしたが、生活費を稼ぐためにDVC校内のカフェ「Peets Coffee」で学内バイトを始めました。週に20時間(上限いっぱい)働きました。お金も欲しかったですが、何よりも英語でコミュニケーションする時間を増やしたかったのです。留学生の採用は基本的に難しいと聞いていたので、面接では熱意を伝えるために「日本でコーヒーを作っていた」とアピールしました。最初は注文の取り方もわかりませんでしたが、徐々に上達し、周りからは「一番留学生らしい」と羨まがられるほどになりました。

コミカレ在学中の勉強するお気に入りスポットは、学外にあるPanera Breadというカフェでした。電話番号登録で3ヶ月フリードリンクになる特典を利用し、よくそこで勉強していました。家だとゲームやYouTubeを見てしまう自分を断ち切るために、朝8時から夜8時まで12時間以上こもりっきりになることもありました。

UC編入への挑戦:Waitlistからの合格

DVCでの2年間は、憧れのUC編入を目指してひたすら駆け抜けました。しかし、合格発表で待ち受けていたのは厳しい現実でした。

出願準備はどのようにしましたか?

出願のエッセイは、夏から準備を始め、Buchi留学という学生団体の添削サービスを最大限に活用しました。週に一度のミーティングを重ね、最後の一週間はDVCからUCバークレーに編入した先輩たちがシェアしているハウスに泊まり込み、皆で夜遅くまでエッセイを書き続けました。相当な時間を費やし、12月の初めに提出しました。エッセイのテーマは、リーダーシップを発揮した経験や、挫折の経験などを選びました。

出願時のGPAは、3.96/4.00という高い成績を維持していました。出願先はカリフォルニア大学のトップ3校であるUCB、UCLA、UCSDの3校のみに絞りました。このウェブサイトの留学体験記にも掲載されている先輩である太一さんの影響を強く受けていたこともあり、「UC以外はありえない」という強いUC思考でした。今振り返ると、UCとは別系列のカリフォルニア州立大学(CSU)や州外の大学も視野に入れるべきだったと少し後悔しています。合格発表を待つ間は、学内バイトにがっつり励み、生活費を稼ぎながら社会勉強に時間を費やしました。

合格発表はどうでしたか?

2024年の春、合格発表のメールが届きました。開いてみると、そこには「Sorry」とも「Congrats」とも書かれていない、「Waitlist(補欠)」という微妙な言葉でした。しかも、出願した3校すべてからWaitlistの通知が届いたんです。 GPAも高く、エッセイも課外活動もやり切った自信があったのに、なぜだろうと絶望しました。周りの友人からは「お前なら絶対行ける」と励まされていただけに、そのショックは大きかったです。『逆に僕を合格させないのか』という気持ちでした。しかし、そこで諦めるわけにはいきません。すぐにUCBとUCSDにはOpt-inという補欠からの合格を待つための申請、UCLAにはOpt-inと追加のエッセイを提出し、希望を繋ぎました。

なぜWaitlistなったと思いますか?

なぜWaitlistになってしまったのか、自分なりに分析した仮説はいくつかあります。最も大きな要因だと考えているのは、英語の必修が2つありますが、その2つ目を最終学期まで残してしまったことです。アカデミックカウンセラーやUCのAdmission関係者からも「英語を最終学期に残すのは良くない」と言われていました。これはUCのトップ3校とその他のキャンパスの難関専攻以外であれば使用できる合格保証制度 TAG(Transfer Admission Guarantee)が使えなくなる原因にもなります。また、UC出願者は出願直後の1月に直前の秋学期までの成績を申請しなければならいのですが、そのタイミングまでに英語の履修が完了して成績が確定していることが強く推奨されています。僕も最初の学期は英語を取らず、2学期目に1つ目の英語の授業を取ったのですが、他の授業や課外活動がハードすぎて、2つ目の授業を最終学期にずらしてしまいました。これが大きく響いたと反省しています。他の友人も英語を最終学期に残してWaitlistになった経験があり、やはり英語の履修タイミングは重要だと痛感しています。

もう一つの仮説は、IGETC(州立大学への編入に必要な一般教養科目)の完了要件を誤解していたことです。友人から「Areaが被っていたら両方満たせる」と聞いていたのですが、最近になってUCから「IGETCが完了していない」という通知が来て、慌てて確認すると、僕の理解が間違っていたことが判明しました。目時くんという友人も英語を最終学期に残してWaitlistになった経験があり、やはり英語の履修タイミングは重要だと痛感しています。

合格発表後は?

Waitlistからの合格発表は、ローリングベースで行われます。これは、先に合格した学生の中で入学を辞退する人が出たタイミングで、ランダムにWaitlistの学生に合格通知が届くシステムです。そのため、人によって合格通知が届くタイミングはバラバラ。自分の場合は7月の前半にUCSDから合格通知を受け取りました。しかし、4月の合格発表から3ヶ月間、受かるかどうかも分からない不安な日々を過ごしていたので、合格を知った時は「遅いよ!」と思わず叫んでしまいました。

合格通知が届いたのは嬉しかったものの、寮の申し込みがすでに締め切られた後だったため、編入準備は大慌てで進めることになりました。在学証明書(I-20)や学生ビザ関連の手続き、コミカレの成績証明書、IGETCの履修状況の証明書、高校の成績証明書の送付など、全て締切ギリギリで対応しました。予防接種も大変でした。UCSDは特に厳しく、日本で事前に済ませる必要があったのですが、採血2回、注射3回、筋肉注射2回を一気に打たれて、両腕が上がらなくなったのを覚えています。しかも土壇場で予約し、接種照明を発行してもらったこともあり、費用が8万円と非常に高額でした。本当に忘れられない経験です。

そして、最も大変だったのは「家探し」でした。合格確定後に寮の案内や申し込みサイトにアクセスできるようになったのですが、寮も本来の締切から遅れて申し込みをすることになったためこちらもWaitlistになり、学期開始の20日前で、581番と絶望的な状況でした。

寮には住めない可能性が高かったため、いろいろなサイトを駆使して毎日、アパートシェアの情報を集め、何とか入学前に新居が見つかりました。

未来への視点:留学生活を振り返り、後輩たちへ

これまでの留学生活を振り返ると、多くの失敗と、それ以上の貴重な経験がありました。そして、僕がこれから目指す未来についても、明確なビジョンを持っています。

留学生活で得た教訓と成長は?

Waitlistは精神的に本当につらかったですが、今では防げたかもしれない失敗だと考えています。特に、履修登録の確認はとても大事で、UCを目指すなら英語の授業は最後に残さないことです。これは強く後輩に伝えたい教訓です。一方で、留学生活を通してポジティブなこともたくさんありました。レベルの高い人たちと出会い、共に刺激し合いながら学ぶことができました。コミカレの日本人学生会のSocial VPやBuchi留学という団体の副代表といった役職に就き、コミカレ時代からガツガツ挑戦してきたことで、今の地位や環境を築けたと思っています。

後輩たちへのメッセージをお願いします

Waitlistを経験した僕からのアドバイスは、やはり「諦めないこと」です。精神的にしんどい状況が続くかもしれませんが、できる限りの準備を続けることが重要です。そして、僕のようにUCだけにこだわらず、出願校の幅を広げることもリスクヘッジになります。僕の場合は数学専攻でUCに入学しますが、UCSDにはApplied Mathなど6種類くらいのプログラムがあるので、より専門的な数学先行へ移ることも視野に入れています。

将来の目標は?

長期的な究極の目標は、地元の宮崎の教育機関に携わることです。高校生の時からずっと考えてきたことで、政治家ではないけれど、県や町単位で教育に関わりたいという強い想いがあります。その目標達成のために、中期的な目標として外資系の銀行に入りたいと考えています。外資銀行はM&A(企業の買収・合併)との関わりも多く、政治寄りのネットワークも強いので、将来、地方自治体の教育に関わる上で貴重な経験や人脈を得られるのではないかと思っています。投資にも非常に興味があります。

大学生活を豊かにするために知っておくべきことはありますか?

僕が留学生活を経験して伝えたいアドバイスは以下です!

  • Panera Breadを活用する3ヶ月フリードリンクを活用し、集中して勉強できる最高の場所です。
  • 学内バイトは積極的に英語でのコミュニケーション機会が増えます。チューターも人気ですが、カフェなども良い経験になります。面接では熱意を伝えることが重要!
  • Student Ambassadorハードルは高いですが、もし入れるなら非常におすすめです。学生オフィスの一階を管理したり、金土日も働けたりと、貴重な経験が得られます。
  • 課外活動に挑戦JAのような学生会やBuchi留学のような団体で、積極的に挑戦することで、今の僕の地位や環境を築くことができました。
カフェで勉強するのもおすすめ

僕の留学体験記が、これから留学・編入を目指す方々や、今まさに留学生活を送っている方々にとって、少しでも役立つ情報となれば嬉しいです。どんな困難があっても、諦めずに挑戦し続けることの大切さを、僕自身の経験から伝えたいです。

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りょうさくさんのインスタグラムアカウント(@_ryo1101)

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