【留学体験記】第2話 どん底からの再スタート 

プロフィール

名前:Shuhei Koike
年齢:23歳
出身:東京
専攻:Economics
経歴:高校卒業 → DVC → UC Berkley

第二話 

高校卒業後

そんな私に転機が訪れたのは19歳のとき。

ちょうどその頃、元々問題児だった姉が留学をきっかけに良い大学に入り、大手企業から内定をもらっているのを目の当たりにしていた。そんな姉から、突き放されるかのように「お前の人生終わってんな」と言われ、非常に腹が立った。

同時期に、当時の友人が逮捕されたこともあり、「次は自分かもしれない」という焦りも強くあった。

そうした焦りは次第に大きくなっていく

いつものように過ごしていたとき、「俺の人生終わってんな」と強く思った。

どうすればこの状況を変えられるかを深く考えたとき、浮かんできたのが「留学」だった。

とにかく環境を変えなければと考え、カナダの語学学校に行くことを決意。ただ、当時の私は留学後など何も考えておらず、

なんか人生変わればいいな

くらいの気持ちだった。

中高と全く勉強していなかったため、英語力はゼロ。Be動詞からやり直しで、完全に出川イングリッシュで生きていた。それでも10代特有のエネルギーとコミュ力で、多くの友人をつくることができた。英語がまったく話せない時から仲良くしてくれたカナダの友人2人とは、今でも連絡を取り合っている。

実は去年の年末に彼らと3年ぶりにカナダで再会し、一緒に食事を楽しんだほどだ。ただし、カナダでの生活は日本と変わらずパーティーライフ。語学学校での出席率は50%未満で、クラスのレベルも半年で1段階しか上がらなかった(笑)。というか、ほとんどの場合で、出席率が規定に届かなくて進級できなかったのだ。

それでも英語を話す機会は多かったので、スピーキング力だけは飛躍的に伸びた。また、留学の目的が英語習得だったため、日本人とはあえて距離を置いていた。その結果、日本人の友人は最後までゼロ。恐らく嫌われていた(笑)。

そしてカナダでの生活も、気づけば帰国前日になった。なんとなく帰国前日に、この半年間の自分を思い返した。

環境を変えるために選択した留学で、結局遊び続け、語学勉強なんてほとんどしなかった自分に絶望し、また「俺の人生終わってんな」と思った。

そんなとき、学生寮のルームメイトであり、自分の親友だったレザが、カナダのコミカレから四年制大学(UBC)への編入を目指していると話してくれたのを思い出した。カナダに来る前は「コミカレ」という言葉すら聞いたことがなかったが、実際にカナダで出会ったカレッジに通う学生たちの多くは、当時の自分(20歳)より年上で、本気で学んでいる姿がとても印象的だった。

そんな彼らの姿に触れ、「あれ? 俺の人生、まだやり直せるかも」と思えたのが、コミカレを目指す最初のきっかけだった。

そして、そのとき「よし、俺もコミカレから海外の大学に編入しよう」と決意した。何より、自分の人生を変えるには、もうこの道しかないと強く感じたのを覚えている。

帰国後

日本に帰国した当日に、「海外の大学に行きたいから、4年間俺に投資してくれ」と親父に直談判した。60代の平均年収にも満たない家庭だったのに、親父は私の変わりたいという意思を尊重してくれた。本当に、こんなに恵まれたことはないと思った。とはいえ、当時の私の学力と人間性では、アメリカのコミカレに行っても失敗するのは目に見えていた。

だからこそ、1年半の準備期間を設けて、日本で英語と数学を中学1年生からやり直すと決めた。そして、心機一転。これまで徹底的に避けてきた勉強と向き合い始めた。

だが、現実は残酷だった。

勉強机とまともに向き合ったことのない人生だったため、集中なんてまるでできやしなかった。

参考書を開いたところで、頭には何も入ってこない。毎日が怠惰な自分との戦いだった。最初は本当に辛かったが、一度決めたことはやり抜こうと思ったので、本当に少しずつ、少しずつ、努力ができるようになっていった。また、学習塾では、制服姿の中学生たちと一緒に勉強するアロハシャツの20歳という異様な存在になっていた。それでも、そんな環境の中でも学び続けた。クラス内では圧倒的に浮いていたし、講師に当てられても最初の頃は全く答えられなかった。

当たり前だが、中学生達のほうが自分より賢かったので、彼らに積極的に質問をしにいったり、一緒にご飯に行ったりして仲良くなった。

その学習塾で未だに覚えているのが、スピーキングの授業でのことだ。そのクラスには私と、仮面浪人中の大学1年生しかいなかった。授業が始まり、スピーキング担当の講師から「自己紹介をしてください」と尋ねられた。私は自己紹介と共に、「海外大学にいきたいです。特にUCLA( 当時はUCLAとUBCしか知らない)に留学したいと思ってます」と答えた。

すると、斜め後ろから「フンッ」と鼻で笑う仮面浪人生の声が聞こえた。講師からも、「まあ難しいと思いますが、頑張ってください」と苦笑いしながら言われた。

それを聞いた仮面浪人生は声を出して笑った。

悔しかった。

なぜこいつに鼻で笑われないとならないんだと思った。

だが、あれから3年が経った。蓋を開けてみればUCLAにも合格している。よく頑張ったと思う。今振り返ると、私の一番の長所はメンタルの強さだと思う。並大抵の人間なら、20歳になってから中高生と混ざって、中1の基礎文法や因数分解を学ぶなんて、正直心が折れる。先の見えない中で、時には授業をサボってパチンコを打ってしまう日もあった。それまで大好きだったサウナも、整っている時間に将来の不安しか浮かばなくなり、次第に嫌いになったりもした。

それでも、「海外大学に行くには、このやり直しライフをどれだけ不格好でも生き抜くしかない」と自分自身を洗脳し、地道に少しずつ努力を重ね続けた。そうした積み重ねのおかげで、いつしか努力が「当たり前のこと」と感じるようになった。毎日当たり前に授業に出席し、毎日当たり前に勉強し続けた。その甲斐あってか、コミカレに入学する前にはIELTS6.5というスコアを達成することができた。

人は明日からどんな性格にだってなれる。真面目に生きると決めたなら、時間はかかったとしても真面目になれる。大事なのは、小さな一歩を重ね続けること。その繰り返しが、やがて大きな変化を生むことになるのだ。

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